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2010.10.15 【箱】
Novel Stage / original:Abyss of Time
《Trick!》
研究所『久遠の薔薇』へ届いた所長宛の手紙や荷物を整理するのは、徹の秘書である環の仕事だ。
新たに参画を希望する研究者からの手紙。
ただの研究施設だと考えて備品の納入を希望する業者のダイレクトメール。
外部へ派遣されている、もしくは引退などをして元々この研究所にいた者からの葉書。
そして、時折混じる『久遠の薔薇』から離反、追放された人間からのいやがらせ。
多くの郵便物をより分け、必要なものは所長室の机の上に置いておく。
今日もそのつもりで、秘書室に届いた荷物の山を片付けていっていた。
葉書や封筒の類を仕分け終わった後に残ったのは、一つの箱。
旅行用のスーツケースよりも少し小さいがダンボールとしては大きいサイズで、表面は白く様々な注意書きが張られていた。
一メートルもない高さの箱の上にある伝票の送り主の欄には丸文字で『Crocus May』という署名。
「聞いたことのない名だな」
環に覚えがないということはよく送ってくる人間からのものではないということだ。
部屋まで届けてくれた事務員がキャスターのついた台においたままにしておいたので、箱の上に届ける書類を乗せて環は所長室へと台を押していった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。それは何かな?」
環が入った瞬間、机の前の中年男性は子供の様に好奇心で大きく目を輝かせた。わからないものに対する好奇心は、この研究所にいる研究員に勝るとも劣らないほどだ。
「わかりません。この方をご存知ですか?」
「ええと、クロッカス、かな……?」
徹は立ち上がると伝票を覗きこむ。丸文字は達筆な文字とは別の意味で読みにくく、眉をしかめながら読み上げる。
「聞いたことないね。君も覚えていないかい?」
「はい」
「うーん。研究者の名前は一通り覚えているんだけどねぇ」
首を捻りながらさりげなくダンボールの蓋を開けようとする手。
「待ってください。怪しすぎます」
その行動を予測していた環がすかさず声をかける。今まで嫌がらせの手紙などが届いたこともある。もし、それがエスカレートしたものであれば危険を伴う。
しかし当人はまったく気にしている様子はない。
「だから気になるんじゃないか」
ガムテープの端に爪を引っかけながら徹は力尽くで止めようとする環へ視線を向ける。
「大体、いやがらせをするにしてはこんなダンボールは不向きだ。止めてくれと言わんばかりじゃないか」
「しかし」
「それに、名前は知らないけれどこの差出人には心当たりがあるんだよ」
「……なんですって?」
何も思い当たらない環にひとつウインクして、徹は結局ガムテープを一気に剥がす。
合わさったダンボールの上に隙間が出来るとにゅっと伸びてくる銀色の筒。
「!?」
驚く環の目の前で筒から天井に向かって光が走った。
ぱんっ。
くすだまが弾ける軽い音。紙吹雪や小花、小さな飴が部屋中に沢山飛び散っていった。
「おぉ。これはなかなか華やかだね」
徹は喜んで言いながらダンボールをきっちり開く。中には膝を抱える薄紫色の髪に白く長いシャツを着た少年。
「おはよう、すずなくん。朝からご苦労様」
「おはようございます」
普段通りの挨拶を交わすすずなと徹。その側では紙吹雪を浴びて頭が真っ白になっている環がぷるぷると俯いたまま拳を震わせていた。
そんな表情にまったく触れず二人は普通に会話をしていた。
「昨日の夜からずっといたのかい?」
「いえ。今朝箱に入りました。紫さんは怪しまれない為に一度帰ったんですが」
「なるほど。それにしても大変だったね。お疲れ様」
徹が差し伸べる手に掴まって箱から出るすずな。
その間に足音も高らかに環が所長室を出て行くのが音でわかった。
「環さんは怪我でもなさったのでしょうか?」
「いや、そうではないと思うよ。ところですずなくん、紫くんから伝言はあるかな?」
「はい」
こくん、と頷いたすずなはとつとつと答える。
「『どうせお菓子なんてくれないだろうから悪戯ついでに私からくれてやる!』とのことです」
「そういえばそろそろハロウィン近付いているね……何か用意しておこうか。まあ、君は暫く戻らないほうがいい。お茶でも飲んでいきなさい」
「はい」
かくして研究所全体を巻き込んだ鬼ごっこが暫く続くのだが、この部屋までその喧騒は届かないのであった。
Fine.