それは、ポストハスから空への道へ向かう途中の地下道でのことだった。
強い敵、それも体力の低い仲間を狙う思考能力のある敵との連続戦闘に疲れた彼らは束の間の休憩を取っていた。
これで漸く半分。あと半分の道程を考え、怪我の回復や道具の整理を行っていた時だった。
セレスティアの少女の耳に、囁くような声が届いた。
「え……」
「どうかしましたか?」
手分けして回復に回っていたセレスティアの少年が彼女の様子に気付き、尋ねる。
「あ、その、呼びましたか~?」
「いや」
不思議そうな顔をした少年が他の仲間達へと顔を向けるが、皆一様に首を横へ振った。
「そう、ですか。気のせいだったようですね~」
気を取り直して魔法を使うマリーチ。
けれど、それから数分もしないうちに再びあの声が聞こえてきた。
だれ、か……。
か細く、微かにしか聞こえないが女性だと思われる。
少女は周囲を見回す。方角はおぼろげながらわかるが、そちらに何もいないのは魔法の灯りによってはっきり見て取れる。
……とどい、て……。
そして、明らかにその声は声の届く範囲にいる誰かへ向けて発せられている。
何も見えない中で届く言葉に少女はそっと心の中で問い返した。
(あなたは、どなたなのでしょう~?)
すると。
みつけた。
声は明確にマリーチを捉えていた。
同時に何もない空間から目に見えない圧力が一気に押しかかってくる。
「きゃあ……っ!?」
まるで井戸の中にでも落とされたかのように、体全体が凍える上に息苦しい。もう立っていることも出来ず彼女はその場にくずおれた。
「マリーチ!?」
呼びかける兄に答えることもなく、少女の意識は冷たく凝った塊の中へと取り込まれていく……。
ようやくとどきました。
どこともつかない真っ白な空間に少女は浮いていた。上下左右もわからない一面色のない空間。
その全体が震え、言葉を紡ぎだしていた。
あなたは、どなたなのでしょう。
マリーチは声の主へ語りかける。不思議なことに、彼女自身もまるで全身を振動させるように声を響かせている感覚があった。
わたしは、はるかときのかなたにやぶれしもの。
ながいながいれきしをいままでも、これからもずっとみているはずだったもの。
今度はあのかき消されてしまいそうな弱々しい声ではなくはっきりとした声。改めて聞くと女性特有の柔らかさを含有しつつ、どこか高貴な者が持つ威圧的な冷たさを持っていた。
そんなにも永い時をこの場所で……?
少女の柔らかな問いに誇らしそうな答えが返ってくる。
たたかいにでたわたしはここでてきをたおしました。
そのときのきずがもとでわたしもまたいのちをおとしました。
でもいいのです。わたしはたいせつなものをまもれました。
女性は嬉しそうに告げる。しかし、その口調は直に悲しげな色を帯びた。
けれど、まものがいなくなることはありませんでした。
それどころかつよくなっていくばかり。こんなときにたたかえないなんて……。
悲しくて、悔しくて。永い間ただ見守るしかなかった女性の言葉は悲痛なものだった。
それで私を呼ばれたのですか?
おねがい。わたしのちからをけいしょうして。
わたしのこえがきこえるなら、わたしはあなたにちからをわたすことができる。
力、ですか?
わたしのたましいを、あなたとともに。
白い空間が徐々に狭まっていくが、マリーチは動けない。
声すら上げられないうちに、空間は浮遊感に包まれたままの少女に向かって収縮していく。
目の前が真っ白に染まって目を開けていられなくなる。
わたしはマリア……やみのなかにとりのこされたみつかい……。
消えてしまう意識の中で、最後に聞こえたのはそんな言葉だった。
「……きゃあああああぁっ!」
「マリーチ!」
少女が目を開けて最初に見えたのは、心配で顔を歪めた兄だった。周りには他の仲間も不安な面持ちで立っている。
「おにい、ちゃん……」
心細げに呟かれた言葉にサフィエルがほっとつまった息を吐き出した。
「どうしたんだ、マリーチ。体調でも悪いのか?」
差し伸べられた手が優しく少女の手を包む。
「いえ……」
その温もりにもう冷たい思念の中にいないことを自覚する。圧倒的な威圧感も、もうない。
「そうじゃない、そうじゃないんです……」
縋り付く様に握られた手を握り返しながら、彼女はぽつぽつと起こった出来事を話し始めた。
彼女、マリアがどうなったかがわかるのは……もう少し先の話。
Fine.