秋風にさらさらと靡く麦の穂が、大地いっぱいに太陽と同じ輝きを持つ波を作り出して
いた。
たわわに実る穂は僅かに首をかしげ、天から注ぐ光を体いっぱいに受けている。
我が子のように育ててきた農民達が喜ぶ。
今年も豊作だね。雨も少なかったし。きっと質もいいわ。
秋の陽の下で、一束、一束。
丁寧に農具を扱う逞しい手が、家事を扱う優しい手が、小さくても一生懸命な手が束ね
ていく。
家族や隣人が一丸となって黄金の海を分け入っていく。大きなうねりにも屈せず、少し
ずつ、少しずつ、海は穏やかになっていく。
残された麦の茎は風が吹いても、僅かに小首を傾げるだけ。
農民達は疲労と汗を全身に滲ませながら、小麦の波を鎮めていった。
「皆、綺麗だな」
小麦をひく風車の中、巨大な歯車の見学に来ていた王子は人々を眺めて目を細める。
「大変そうだけど、綺麗だ」
「実りが嬉しいのですよ」
控えた騎士がそっと言い添えた。普段あまり口を出さない青年騎士の言葉に、王子は深
く頷く。
「……そうだな。すごく優しそうに見てる」
そうして民を見守る少年の目線こそ、農民達が黄金の波を見つめる目と同じように優し
い。
けれど、その瞳が翳る。
「皆を守るためには……戦うしか、ないのだね」
この地に彼らが滞在しているのは、この地を狙う他国を牽制する為。
そして、侵略者に関する情報を探り出してくる時を待っているのだ。
もちろん戦いともなれば、快い疲労に身を任せる青年達は兵士としてかり出されること
になるだろう。
黄金の波は炎の渦と変わってしまうかもしれない。
それでも。
「王子」
「大丈夫だよ、ラート。この光景を知った僕には皆を守る義務がある」
ぐっと握り締められた左手には剣の柄。
「叶うなら犠牲のない戦いを。叶わずとも、犠牲の少ない戦いを」
少年の願いは秋風に乗って、黄金の波へと溶けて消えた。
Fine.