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2010.1.2 【仏】
《ビスクドール》
Novel Stage / original:Abyss of Time
これは、まだ僕が動き出して間もない頃の話。
稼動して数日。
動作や思考の検査に追われ、ようやく時間が出来た研究所の一室で、紫(ゆかり)さんが目の前を落ち着かない様子で歩き回っている。
十五歳位にしか見えない彼女が僕を作った研究者だ。
「おかしいな。もうそろそろ荷物が着くはずなんだが……」
腕を組んだまま、部屋を二十周していた。直に二十一周目に入る。
その様子に僕の隣で座っていた二十歳位の女性が声をかける。
「皐月さん、少し落ち着いてください。時間指定にも幅があったでしょう?」
「だがな、心(こころ)」
すると、ばっ、と紫さんは大仰に両手を広げる。白衣が大きくはためいた。
「その時間もあと十分ほどで過ぎてしまうんだ。
折角検査明けのすずなにと思っていたのに次の検査が入ってしまうだろう!」
「検査を指示しているのは紫さんでしょう……」
「それはそれ。これはこれ」
呆れている心さんを放置してまたうろちょろし始めた紫さん。
しかし、今度は部屋を半周もしないうちにチャイムがなった。
「きたかっ!?」
目を輝かせて紫さんが数メートルほどの距離を駆け出す。
「遅い! 遅いが届いたから赦してやる!」
オートロックの自動ドアが左右に開くと同時に運んできた研究員から荷物を奪い取り、一気に捲し立てた。
そしてくるりと回れ右、即座に僕へ向かって走ってくる。
「すずな、これで遊べるぞっ」
「ちょっと紫さん! もう、すみません」
満面の笑みを浮かべて箱を開ける紫さんと対照に、心さんは入れ違いにドアの方へ向かい呆然としたままの研究員に謝っている。
「気にするな心。うん。間違いないな」
紫さんが乱暴に開いたダンボールの中には緩衝剤と共に立派な樫の木箱が入っていた。
その箱をガラスのテーブルの上、僕の目の前に置いた。
「すずな、開けてごらん」
「はい」
僕は言われるままに金色の鍵を外し、蓋を開けた。小さな蝶番のきしむ音がする。
中には二体の人形。
背の高さが三十センチほどの少女で、右側が白、左側がピンクのフリルやリボンが沢山ついた帽子とドレスを着ている。
「あら……ビスクドールですね」
心さんが戻ってきて箱の中を覗いた。いつの間にか呆れたり怒ったりしていた顔が、優しい微笑みに変わっている。
「可愛いだろう。フランスのビスクドールのメーカーに注文しておいたんだ」
「注文……って、オーダーメイドなんですかこれっ!?」
「当たり前だ。ベースが心とすずなだからな」
そういわれて見てみると、白い服を着た人形は藤色の髪に藍色の瞳、ピンク色の服を着た人形は金髪碧眼だった。それぞれ僕と心さんと同じ。
「ほら、すずなが仕上げに入ったあたりでフランスに呼び出されただろう?
その時に現地のスタッフに工房へ案内させて頼んでおいたのさ」
「どこに呼び出されても挫けませんね、紫さん……」
いいながら心さんはピンクの服を着た人形を両手でそっと持ち上げた。優しくその髪を指で梳いたり、帽子のリボンを直したりしていた。
「すずなも遊んでごらん」
紫さんに言われて、僕は心さんを真似て、優しく人形を持ち上げる。柔らかいレースの感触が心地好い。
ガラス玉のような目を覗き込むと、覗き込んでいる僕が映っている。
不意に袖を引かれた。
顔を上げると、心さんが両手で人形の脇を支えて顔の前に持ち上げている。
「こんにちわ~」
ピンク色の人形の後ろから声が聞こえて、まるで人形が話しているように見えた。
「こんにち、は」
僕はちょん、と差し出された人形の手に、自分の人形の手を添えた。心さんと同じように顔の前に人形を翳して。
二つのビスクドールの向こうで心さんがくすくすと笑っている。
その様子を紫さんが楽しそうに見ていた。
「……ところで紫さん。すずなくんは男の子ですよね?」
「いいんだ。私が遊びたかったんだからっ」
Fine.
※【仏】=仏蘭西(フランス)