『すずな君へ
リコリスを託してからもう五年も経つのですね。
人造人間である貴方が器として成長することはないでしょうけれど、
精神的には経験を積んで随分と大人に近付いたのではないかと存じます。
ただ、表世界の使者たる貴方が一時期眠りにつかされていたと聞きました。
悲しいことですが、今は元気に過ごしておられるようでなによりです。
折角目覚めたと言うことで。少し早いですが、サンタクロースを気取ってみました。
貴方とお逢いしたあの真っ赤な絨毯であった場所に贈り物を届けておきます。
貴方が気に入ってくれることを祈って。
聖なる夜に幸せが訪れますように。
裏の世界の友人より』
曼珠沙華の封筒と便箋の赤が視界いっぱいに主張したあの一瞬。僕の思考もまた赤によって塗りつぶされた。
あの人の記憶はどうしても繋がってしまう。僕を育ててくれた親の一人、心さんへ。
親子のようによく似たあの人に心さんはもういないと言われた。心さんはあの人が造った人造人間で、あの人の子供のようなもので、あの人の半身で。もう役目を終えて、ひとつに戻ってしまったのだと。
けれど、僕がこの世界に戻った後も少なくとも"心さんの姿をした何か"は表の世界に現れ続けた。
僕達の敵として。
人造人間である心さんと同じ姿をした敵がいても何の不思議もない。心さんはイレイサーを統べるルシファーによって造られた存在だから。
でも、姿を見てしまえば、諦められなくなる。ルシファーの言っていることが嘘で心さんはまだ残っている。
ずっとどこかにいると信じてた。今でも信じてる。いつまで信じていればいい?
そんな止め処ない想いが溢れて、止まらなくて。気がつけば、僕はただあのリコリスが美しく咲き誇っていた場所へと向っていた。どうしても行かないといけない気がした。
赤い華が咲き誇る季節はとっくに過ぎていて、疎らな木々の間には白い雪が赤い色など見えないほどに敷き詰められていた。足元も木の上も真白で、あまりにもあの色鮮やかだった時とは対象的だ。
そして白い絨毯の上にぽつんと置かれた深緑地に赤い星の袋。両掌を合わせたより少し大きなビニールの袋は、僕をここへ差し向けた手紙と同じで文具店によく置いてありそうなクリスマス向けの商品だった。
そっと手に取る。
赤いリボンが巻きつけられた袋は重くもないが軽くもなかった。しっかりと存在感を提示する重み。
「……なんだろう」
あの人がただの贈り物をするわけがないから、僕は少し緊張していた。プレゼントであることはきっと間違いないのだろうが。
リボンの一端を引けば直に解け、袋の口が僅かに開く。
そして、一瞬躊躇はしたが意を決して中身を手のひらの上にあけた。
しゃらり。鎖同士がこすれあうような音と共に滑り落ちてきたのは、時計。
「…………っ!?」
金色の懐中時計。音を立てたのは、同じく金色の長く細い鎖が、首にかけられるよう輪になっていた。
僕が見ていた時は鎖が真っ直ぐ伸びていて、その先は金色の輪に繋がっていて輪は白くて細い首を囲っていた。
忘れるわけがない。
心さんがずっと外さなくて、ただひとつの刻を刻む為にあるといわれていた時計。心さんがこの表の世界にいる時間を告げていたストップウォッチ。
震える指先で金色の蓋を開けた。
数字がなく、ただ目盛りだけが刻まれていた文字盤にはきちんと一から十二までの数字がイタリック調で付け加えられ、針も細かく装飾が施され三本揃ってカチコチと音を立てていた。
視線を動かすと、蓋の裏にも文字が彫られているのに気付いた。
『Dum spiro, spero.』
「命ある限り……希望を、持てる…………」
これはルシファーの表と裏をひっくり返そうとする願いのことなのだろうか。
それとも僕の心さんが戻ってきて欲しい、いや、どこかにいて欲しいという儚い望みに対する言葉なのだろうか。
呆然と顔を上げた時。
百メートル位だろうか、雪の敷き詰められた離れた道路の上に。
長い金色の髪をポニーテールに結い上げ、アイボリーのスーツを着こなした女性が何の感情も篭らない瞳で僕を見ていた。
どう見ても心さんにしか見えない、女性が。
「……心さん!?」
袋を放り出して、僕は咄嗟に走り出した。同時に視線の先の女性も何の予備動作もなく振り返ると、ふわり、と浮き上がって僕と反対方向へと飛んで行った。
「心さん!」
幸いにしてスピードはそれ程速くなかった。
僕は、真っ直ぐに追い駆け出した。
Fine.