シレジアの春は短い。けれど、確かに存在する。
大地を覆う雪が暖かい日差しに拐されて大気へ消え、数ヶ月ぶりの輝きを受けた土は抱く種子へ目覚めを促す。
そして全てが白かった世界に、緑が生まれる。
きぃ、と微かに軋む扉を閉める。
かつては四人いた家。三人になった家。そして、最後の一人さえいなくなる家。
取っ手を掴む二十歳に届かない青年は、これまでの年月をほとんどこの家で過ごしてきた。大きくも立派でもない普通の家だが、思い出だけは沢山詰まっている。
いいものも、悪いものも。
それは全て失ってはいけないもの。
だけど。
「行かないことは、できないよな」
大切なものを取り戻すために、一度置いていく。
頼りにするのは確証もないほんの僅かな手掛り。必要な物を買いに出た時、通りすがりで耳に入った噂に過ぎない。
けれど、シレジアの風がそれを青年へ届けるのなら何か意味があるはずだ。
冬が終わり、春が来るまで待った。
「じゃ、行ってくる」
旅装の青年は一言残して、外套を翻す。血脈を表す藤色の髪が僅かに遅れて靡いた。
『風』は吹き始めた。
吹き始めた『風』は何者にも止められない。何者にも縛られない。
なぜなら……それは『風』だから。
Fine.