こんこんこん。
軽いノックの後にアレックスは妹の部屋の扉を開いた。
「パール、見つかったか?」
普段よく片付けられている桜色の部屋は、カラーボックスから取り出された荷物の山が床のあちこちに出来ていて足の踏み場がほとんどなくなっていた。
数少ない足場の一つには白翼族の少女が真剣な表情で箱の中を覗きながらひとつひとつ出していく。
兄に気付いた少女は箱を置くと、そっと白い翼を広げて浮き上がる。周囲の物を吹き飛ばさないように注意しながら一度高く上がり、ゆっくりと青年の前へと降りた。
「ううん。みつからないの……」
こころもちしゅんとした少女の金色の髪が埃を被ってくすむのを、青年が軽くはたきおとす。
「探すのは止めないけど、あまり根を詰めすぎるなよ」
「……うん」
小さく頷きはしたが表情はまだ晴れない。
アレックスはその手におやつと飲み物を乗せたトレイを渡す。
「ほら、少し休憩しなさい。意外にリラックスしたときの方が思い出すものだ」
「ありがとう、おにいちゃん」
素直に受け取ったパールは弱々しいが微笑んでみせた。
部屋へ入ったときの泣きそうな顔が変わったことに少し安堵して、アレックスは少女を軽く撫でた。
「……無理するなよ」
「うん、だいじょうぶ」
再び頷いて、少女は兄を見送ると部屋の中へと戻った。まだ使える足場の一つである机へトレイを置く。
クリームとジャムが添えられた焼きたてのミニパンケーキとオレンジの甘い香りがするミルクティ。疲れが取れるように、という兄の心配りか、甘く優しい香りがふわりと漂った。
「わぁ……おいしそう」
見つけなきゃ、と緊張していた神経がほぐれて、思わず頬がほころぶ。口に運んでも、丁度いい甘さがクリームやジャムと共にとろけた。
「ん、あま~い」
ふわふわの口当たりを楽しみながら、ふと目の前の本へと視線を移す。
机の上にあったいくつかの冊子のうち、目に留まったのは数字の本。小さな子供が数字を覚えるのに使う数え歌が乗っている本だ。
そっと手を伸ばして、抜き出す。
トレイの側で開くとデフォルメされた翅を背に負う男の子と女の子が各数字について解説している。
パールは幼い頃からずっとこの本が気に入っていて、本に載っていない例を見つけるのが好きだった。
そう、ギルフォードともやった。
「ここにないものか……パールは何が浮かぶ?」
「えっとね。いちは……たいようなの」
「なら、月もそうだな」
「うん! には、てのひらなの」
「瞳や翼も一対だな。では三は?」
「うーん…………さんは、おもいつかないの。よんならおもいつくのに」
「……四は?」
ぱちん、と記憶の中で打ち合わせた青年と少女の掌。
漸くパールは自分が回想していたことに気付いたのだ。そして、こんなことを改めて思い出すくらい、彼と会っていないことを。
「……ギルくん……」
ぽた。滴が少女の膝に落ちる。
彼女がなくしていたもの、それは大きな緑のリボンだった。ギルフォードが一番最初にくれた彼女の髪を縛っていたリボン。
本人に会えないことも上乗せして、胸騒ぎだけが広がっていく。
「どこにいったのかなぁ……」
「……やれやれ。我が愚弟ながら罪作りなことだ」
「今度戻ったら絶対にぶっ飛ばす……」
パールの様子がおかしいことに気付くと入るに入れなかった兄たちは扉の外で個々の感想を漏らす。
黒翼族の男性の手には、以前に少女が忘れていったリボンが握られていた。
Fine.