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2010.10.25 【重】
Novel Stage / original:Willwart
《滴る熱と冷たい鋼》
空中都市から禁忌を破り、無断で降り立った黒翼族の青年は近くでもっとも高い木の天辺の枝へ腰掛けると全方位をぐるりと見回した。
来る前に頭へ叩き込んだ地上の地図と周囲の地形を照らし合わせて、おおよその現在位置をつかむ。
翼は見えなくなっても飛べないわけではないがギルフォードの服装は黒のインナーに濃紺のロングコート。澄み渡る透明な空へ留まるには目立ちすぎる。逆に森へ紛れるには非常に都合がよかった。
「あの山が国境で……遠くに見える尖塔がアブソエティア国の砦……ということはアルゲンターリア国側だな」
安堵したようにひとつ溜息。
地上世界の中で治安が最も安全な国、といえば真っ先に挙がるのはアブソエティア国だろう。白翼族の女性の血によってもたらされた理と呼ばれる物理法則を超える力、理を操る理師の存在は他国に対してこれ以上ないアドバンテージである。
しかし、だからこそギルフォードはアブソエティアを避けたかった。
空中都市の住人は永い時を生きる。もし地上に降りた白翼族の女性が生きていれば近くに青年が降りたとすれば気付いたであろうし、彼女の血を濃く受け継いだ者もその可能性がある。
気付かれて警戒されるよりは、多少治安が悪くとも離れた方がいいというのが青年の考えだった。また身元を追及されにくいという利点もあった。
「さて……行くか」
軽く枝から身を離す。下に誰もいないことを確認して、落下速度だけ調整して一気に大地まで降りる。
とん、と軽く着地すると千切られた青い葉が舞う。
頭を振って髪についた葉を払うと、迷うことなくアブソエティア国と反対の方向へと歩き出した。
しかし、確認したはずの森の繁みから、音が立った。
青年が無言のまま腰に挿した白銀のレイピアへ手を添える。その場所で立ち止まっていると、一際大きな音と共に酷く汚れた服装の少年が飛び出してくる。手の中には林檎のつまった紙袋。
目の前に突然人がいることに向こうも驚いていたが、即座に状況を把握すると喜色を浮かべた。
「アンタ武器持ってるんだろ! 助けてくれよ!」
躊躇なくギルフォードの後ろへと回り込んで盾にする。
そして硬直の溶けた青年が抗議の声を上げるよりも早く、少年と似たような、けれど年季の入った汚れのついた服装の男たちが錆び付いた剣を振り上げて走ってきた。
彼らはただ食べ物を取られただけとは思えないほど必死の形相だった。
そう。
目に入ったギルフォードへ即切りつけるくらい。
「どけえええぇぇっ!」
「……っ!?」
青年には彼らが大した腕前でないことくらいわかっていた。空中都市の騎士であるアレックスとよく手合わせをする間柄のギルフォードの剣術は護身の域を超えている。
だが、あまりにも急であった事。既に剣へ手をかけていた事。そして、普段の手合わせではまったく問題なかった事が男達の悲劇だった。
素早く抜き放たれたレイピアが白い筋となって僅かな間合いを往復する。それは数人いた男達の腕を、首を、幾度も突き抜けた。
「ぎ、ぎぎゃっ!?」
一瞬にして静かな森の大地に赤い飛沫が飛び散る。傷口そのものは小さくとも、一撃一撃は戦闘不能へと追い込むのに十分な怪我。
しかし、その加害者は唇を噛んだ。
「しまった……」
青年は振り抜ききってから思い出したのだ。
この大地において怪我を簡単に治してはいけないということを。
飛び散った血は伊達ではない。戦闘能力を失わせるために重要な血管を傷付けている場所もある。直に血止めを施さなければ失血死する可能性が十分にあるのだ。
蹲る男達へギルフォードは手を差し出すが、素直に手当てを受けるわけもない。
一人、また一人と慌てて逃げ帰っていった。
「た、助けてくれて、さんきゅな!」
その背では惨状に怯えた少年が駆け出していく。だが青年にそれを気にする余裕はなかった。
手の中の血を吸った鋼が、酷く重く感じられた。
Fine.